Saoirseというサイトの遊び場です。その他小ネタを書き綴る場所です。
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このお話は、本家「Saoirse」にて掲載されている火魅子伝二次小説「心映すは天と魔の狭間の鏡」第一章八十六節の付近でのお話です。
そのため、作品内容は上作品を読まれていないと分からない場合が多々ありますので、ご注意ください。
それでは興味がおありのお方、お暇つぶしにどうぞ。
作品本文はこの下からです。
そのため、作品内容は上作品を読まれていないと分からない場合が多々ありますので、ご注意ください。
それでは興味がおありのお方、お暇つぶしにどうぞ。
作品本文はこの下からです。
心映すは天と魔の狭間の鏡
第86節 余話 音羽
何度それを見ただろう。
何度それを味わっただろう。
慣れる、そんな事はなくて。
いつだってこの胸が痛みを訴えてくる。
本当は、膝をつきたくて、泣き叫びたくて、仕方が無い。
諦めてしまえば、そこで終わることができるのに。
それでも忘れられない父の顔がわたしを立たせる。
『傷つき倒れても、心に信あるならば、立ち生きよ』
その言葉が、背中が、忘れらないから。
何度傷ついても、何度死に掛けても、わたしは立とう。
――そして、死ぬまで生きます、父上。
そこが地獄だと言われても、納得してしまうのではないか。そう思えるほどに、そこは暗く濁り、魔が血を求める場所だった。
数千の人間が入れそうなその大広間は、黒と赤に染め上げられていた。黒は魔、獣の様な姿をした異形の化け物。赤は人、流れ出る血は床を染め壁をも染めていた。
そこは、征西都督府、朱雀殿。
祖国を復興させようとする耶麻台国復興軍が目指した目的地。そこでの戦いは佳境を向かえ、征西都督府の主、狗根国の者は最後の手段を使い、魔獣界より魔を呼び出した。
ぶつかり合う人と魔、その中で、人と人の戦いを勝利し、征西都督府に入った部隊があった。
その部隊こそ、この朱雀殿を赤に染める者達であった。
旋風が舞う。振り回される槍と共に、風が、魔が、宙を舞っていく。
「引けぇ! 早く入り口まで後退しろ!」
声をあげ、前方にいる兵士達を必死で下がらせようとしていたのは、部隊を率いる隊長であった。名を音羽、女性としては大柄な、幼少の頃から鍛え上げた肉体を持って戦う戦士の一人。
その紅蓮の様に赤い髪を揺らし、周囲を見る音羽には、見慣れた、それでいて見慣れることのない光景が広がっていた。
「くそぉっ!」
「隊長! 早く引いてください、もう持ちません!」
自分についてきた部下が、守るべき部下が、敵に殺されていくその光景に、震えずにはいられなかった。視界を滲ませずにはいられなかった。
それでも、動ける限り、生きている限り――『わたしは隊長だ』
「後続の部隊と連絡は取れたのか!」
「はっ、しかし向こうは負傷兵ばかりで、外で布陣するとの事です。ですから――!」
「なら、できる限り下がらせろ、……殿は、わたしがする!」
きっと、それが、いや、それしか選ぶことなんかなかったのだろう。
燃える様な頭髪と正反対に、薄紫色に輝く音羽の瞳は、波一つない水面のように、揺るがない。
生きてきた。
屈服してしまえば楽になれるこの世界で。
ただ一つ、心の奥にある幸せの思い出を取り返すために。
――祖国復興、それを胸に戦い続けてきた。
それゆえに、目前に迫った祖国復興に、音羽は引くことはしなかった。
音羽の部隊が朱雀殿に入り、空であったそこを調べるために、部隊の者を分けて動いていた時だった。
それは闇の中から突如現れた。
最初に犠牲となったのは、先行し先へと続く道を調べていた者達。目の前の闇を、目を凝らしてみてみれば、そこには赤い光が見え、次の時には意識ごと喰われていた。
別れていた小数の部隊が全滅し、朱雀殿へと流れ込んでくる魔獣達、それに対応するには、音羽の部隊は体制が整っていなかった。
魔獣は速い。
気付いた時には音羽達は劣勢へと追い込まれていた。
気概だけでは負けず、自分へとよってくる魔獣を叩き飛ばしながら、部下達を必死で下がらせようとする音羽。だが、そんな思いも、目の前の現実は喰い潰していく。
「た、隊長、後方に!」
「なにっ」
前方にいた魔獣が距離を取ったと同時に、声が聞こえた後方へと飛んだ音羽は、後ろを振り返る。
「……そん、な」
音羽たちが入ってきた入り口、光が外から差し込む大きな門、そこには、光を背後から受けながら、その奇形をはっきりと見せる、魔獣がまるで嘲笑う様に群れていた。
「馬鹿な、入り口にいた兵士達は!」
その言葉は、誰の答えも必要なく、ただ目の前の少し明るくなった場所が目に入るだけで、答えとなってしまった。
すでに床の色は赤、光のせいで鮮やかにすら見える赤が、床は勿論の事、入り口となっている門の柱まで赤で塗りつぶしていた。
そして聴こえてくる、聴こえてしまう。魔獣達が未だに咀嚼する音が。見えてしまう、目に入ってしまう。その醜悪な口から零れ出る赤の液体が。
「ぐっ、……うぅぁあっ……」
槍を持つ手が一層強く握り締める。しっかりと踏みしめていたはずの足が感覚を失いそうになりながらも、床を踏み叩き戻ってくる。
悔しさも、悲しさも、表へ出てくることもない。ただ、終わりの見えるこの状況で、立っているために、ただ戦う意思だけを固める。
音羽を中心に集まっていた兵士達。入ってきた頃の数分の一になってしまったその兵士達は、隊長のその姿を見て、一人、また一人と意思を固め、お互いに目を合わせ頷き合っていく。
その中に、震えてしまう者がいても、おかしくなどない。ただ、そんな震える者に、横に居た兵士は優しく肩を叩く。
「―――、―――――」
囁かれた言葉に、震え俯いていた兵士が顔を上げる。そこには笑顔を浮かべる兵士の顔があった。
それはそこだけではなく、他の場所でも起きていること。
そして、兵士達――男達は動き出す。
「隊長、いきましょう」
背後から聞こえたその声の意味を正確に捉えるには、音羽の精神は不安定で、疑問の色を顔に浮かべたまま音羽は振り返った。
「全員で入り口へ向かいましょう。もう、それっきゃないでしょう」
「俺達だけで戦い続けるのは無理ですしね」
かけられる言葉に、その当然な言葉に、音羽は口元を僅かに緩ませ頷いた。
「ええ、じゃあ一つ、吶喊といきましょうかっ……」
「おぉう!」
頼もしき声に、槍を握る力が増す。覚悟を決めた部下達の心が背中を押してくれる。その心の昂りに、音羽は前へと突き進んだ。
周囲で余裕を持って餌を見ていた魔獣達は、その気配に伏せていた体を持ち上げる。面倒くさそうに生臭い息を吐き、苛立たしそうに牙を剥く。
朱雀殿の床が走り出した音羽達の足を受けて軋む。それが不快なように魔獣達もまた、朱雀殿の床を蹴り音羽達へと迫っていた。
疾走る音羽達にも感じられる。周囲にいた魔獣達が動き出したことが。
それでも見るのは、前。光を背に待ち受けるように唸り声を上げる魔獣の群れ、ただそれを睨みつけ、足を進める。
牙と爪が待ち受け、刃はそこへと届く。
「――吶喊!」
「「「「「雄ぉ雄雄ォおォ雄オぉ!!」」」」」
吼え猛る刃は、疾走する勢いそのままに魔獣達へと向かい、それを肉の中へと埋める。
前へ、前へ、その思いと共に突き出された音羽の槍は、魔獣を貫き通す。
「あ、あぁぁあああぁああ!」
踏み出した足が床を軋ませ、腕と胴につけた槍を大きく振り回す。目の前で貫いた魔獣を槍につけたまま、音羽の槍は横にいた魔獣を跳ね飛ばし、槍に貫かれた魔獣を壁まで飛ばす。
前にいる魔獣は多く、背後の魔獣はさらに多い。前方の魔獣と戦えば、後方の魔獣に追いつかれる事も、また必然。
「ぎっ、あぁぁあああああ!!」
絶叫が後ろから聞こえる。それで振り返れない。
胸を締め付ける痛みがあっても、音羽は振り返らない。前へ、前へ、自分が少しでも前への道を開ければ、少しでも助かると信じて。
後ろから襲い掛かる魔獣は、まるで弄ぶように、足を喰い千切り、腕を引き裂き、背を引き倒し喰らいついた。
少しずつ、少しずつ、それでも自分達を見ない音羽の兵士達を嘲笑いながら「さぁ、こっちを向け、その恐怖で歪んだ顔を見せろ」その言葉が、聞こえるように、魔獣達は少しずつ兵士達を襲っていく。
振り返らなかった。たとえ自分が死ぬとしても、振り返らなかった。
ひたすら前に、ひたすら、ただ一人守ろうと。
噴出す汗は背後に魔獣がいる事を感じさせる。それでも最後方になってしまったその兵士は、振り返らなかった。ただ前の魔獣へ刃を落とし、少しでも前へと進めるように。ただそれだけで
――そう思えるには、人の心は弱い。
「ああぁぁああああぁ!」
振り向きざまに振るったその刃は、襲いかかろうとしていた魔獣の口を割り、それを広げ床へと落とした。
(死にたくない。死にたくないっ)
頭はすでにそれだけで埋まっていた。だからこそ、魔獣が哂った事も、後方の魔獣達が自分へと視線を集めたことも気付かなかった。
魔獣の口が歪む。歪に醜悪に、嘲笑う。
「ひっ、いやだ……来るな……来るなぁあぁあぁ!」
襲い掛かる魔獣の群れ、それに周囲へ助けを求めて顔を振った。
「え……」
横には、すでに誰もいなかった。
後ろを振り返る。
それはひたすら前へ進む部隊の者達から、
一人外れて残ってしまうという事だ。
それは分かっていたはずの事だった。
それでも恐かった。背後から襲い掛かられるのが嫌だった。
――死にたくなかった。
「はっ、あ。ひっ、いぃ……」
埋め尽くされる黒。その中で赤く灯るその闇の輝きは、兵士の正気を奪うには十分だった。
手足がなくなっていく。ゆっくりとじっくりと体が削られていく。なのに、顔を舐められる感触が、痛みを鈍らせる。
兵士の頭の中は静かだった。静かに微かな思考が回る。
(死ぬ。死んでしまう。
でも、こんな死に方は、予想していなかった……)
体は痛みもない。なのに心が痛い。
自分のした事が原因で、悪いのは自分だという考えが浮かぶのに、周りに味方がいなかった事が、痛かった。
悲鳴は少しの間で消えた。それがまた心を締め付けるように痛かった。
それでも、もはや音羽に余裕はなかった。先頭に立ち、得物である巨大な槍を振るい、魔獣を蹴散らしていく音羽には、光の門がもうすぐであるのに、それが届かない場所の様に遠く感じた。
父から譲り受けた鎧は、多くの傷から音羽を守ってくれていた。それでも、魔獣の爪は、牙は鎧を割り、音羽の体へと傷をつける。
破片がまた一つ落ちる。それと同時に音羽の体に傷が増えた。
「……はっ、あっ、はっ、はっ」
魔獣を倒すために振るってきた槍が重い。何故か、もう片腕でしか槍を持っていない。腕が、指が震える。体も足の立っている感覚の不安定さに、また揺れる。
(あと、少し……あと少しなのに……)
目の前にある薄く光る門、そこまで行ければ。
だが、鼻をつく異臭を吐き出す魔獣達の姿が見える。目の前に見えるだけでも、自分がそれらを倒せるか分からなかった。だのに、それだけではなく、その周囲からも、背後からもまた音羽達に向かって魔獣はくる。
(早く、早くいかなきゃ……)
止まってなどいない。振り回す槍は動きを止めて等いない。前へ進もうとする足は、その歩みを止めて等いない。なのに、音羽には止まったように感じられていた。
それが、先ほどから背後で上がる、部下達の悲鳴の数が増えているからなのか、その声で頭が真っ白になりそうになっている自分の異常なのか。
そうだ、わたしは動きを止めてなんか――
そんな、極限の状態で、音羽は聞く。
「隊長を、頼んだぞ」
幻聴だと思った。それでも傷だらけで血まみれの自分の身体を、誰かに捕まれたその時、何故か体は硬直して動かなかった。
「さぁ、いくぞ……――吶喊ッ!」
今度は幻聴などではありえなかった。確かに聞こえたその声に続く雄叫びと共に、音羽の体は前へと進む。その目の前で、兵士達が崩れかかるその体を盾に、入り口までの道を作る。
「いけぇ! 隊長は任せたぞ!」
前で聞こえていたはずのその声が、今度は後ろで聞こえた。それに音羽は、今までのは全て幻覚だったんじゃないかと思って、思いたくて。引きずられるように運ばれている状態から、後ろを振り返った。
そこはもう、闇の部屋ではなく、空のある光のある外だった。
「……ばっ、莫迦ぁ! なにしてる!」
自分を運んでいる兵士達。外にいる魔獣達に向かって身を投げていく兵士達。それを迎えるように、味方の部隊が前方に見える。
そこまで頭が理解して、自分の体が動かないほどの傷を負っていることを、ようやく音羽は理解した。
戦いの中、気付く事も無かった。自分の体が傷ついて、それでも戦っているのを見て、部下達が決意を固めていたのを、戦えなくなったわたしを、必ず生かすと決めていた事を。
だから、わたしが槍を片手でしか握れなくなった時、彼らは命を捨てようと決めたんだ。
遠くなる朱雀殿の入り口、そこに残ったもの、運び出すために盾になった者達、悲鳴はあった、それでも意味なく死んだ者はいなかった。
「あっ……ぁ……ぁ」
声を上げようと、口を開け、出てこない声に気付いて、送る声も上げられない自分と、寝かされた所から見える空に、音羽は涙を零した。
また、生き残りました。
また、守れませんでした。
また、守られました。
まだ信じるものは胸にあります。
まだ立ち上がる事はできます。
だから、もう少しだけ、信じて立って、生きてみます。
これはほんの余話。
あってもなくてもいい、ただ見たいが人の為に見る事の出来る物語。
第86節 余話 音羽 END
あとがき
ここまで読んでくださった事に、心からの感謝を。
征西都督府での戦い。その中で、スポットライトの当たることが少なかった音羽。その戦いの一場面にして最後の戦いのところとなりました。
失うことが多く、それでも戦い続けた彼女は、きっとまたこの喪失を受け入れて立つでしょう。
所詮は余話、結末は本編にて描かれている事、それでもその時起こった事を、その時にあった想いを、少しでも表し出せていれば幸いです。
それでは、また次の作品で……。
と、本家に出す前に此処に出してみる。最新のから消えた頃に本家に出します~。
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