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 このお話は、本家「Saoirse」にて掲載されている火魅子伝二次小説「心映すは天と魔の狭間の鏡」第一章九十二節の付近でのお話です。
 そのため、作品内容は上作品を読まれていないと分からない場合が多々ありますので、ご注意ください。


 それでは興味がおありのお方、お暇つぶしにどうぞ。


 作品本文はこの下からです。









 心映すは天と魔の狭間の鏡

 第92節 余話 忌瀬






 自分の生きてきた道を、この時ほど後悔した事はない。

 もし、わたしが薬物を作る上で人の身体を知り、癒し、殺す事を生業として生きていなかったなら、この時、わたしは心のままに、周囲の人と同じように、ただ起き上がってくれる事を祈る事が出来ただろう。
 そうしたのなら、この想いを素直にぶつける事ができたかもしれない。

 でも、それは出来なかった。


「……死んでる」


 どう見ても、どう考えても。
 その答えしか、わたしには出せなかったんだから……。




 人々の騒がしい声が聞こえる。それは急遽建てられたのか、まだ新しい小屋の周囲に集っていた。
 人の群れが小屋に集まり、しきりに中の様子を伺っている。その集まった人々は皆悲しみを含んだ顔をしており、中には泣いている者も珍しくはなかった。

 この光景、少し前ならば倍以上の人間が集っている所が見えただろう。
 小屋の中に何があるのか、そして何が行われているのか。

 また一人、小屋の中を見ていた人物がゆっくりと離れていく。
 心痛を感じているのか、その顔は歪んでいる。だが、それは悲しみだけではなく、悔しさを感じさせる表情だった。

 そして、中では……。

 中央に置かれている寝台に一人の男が横たわっている。その身には衣類は殆どつけておらず、身体の上へ防寒の布が被せられているだけだった。だが、その身体の上に乗せられた布には、所々赤い染みがついていた。
 横たわった男の顔は白い。まるで血が通っていないかのように、その顔からは赤味が消えていた。

 その男の横に、一人の女性が立っていた。
 布を取り、男がその身体をさらす。その身体は顔と同様、赤味が失せてはいたが、傷らしい傷は見当たらない。
 その男の胸へと手をあて、腕を取り、脈を取り、……その唇が揺れた。

「できた?」

「はい、こちらは準備できました」
「こちらも同じです」

 寝台にいる二人の周囲で、なにやら作業をしていた数人の者達が、その女性の声で振り返る。その者達は不思議な色をした液体の入った桶へ手を入れ、その中から液体の色に染まった布を取り出す。

「じゃあ、初めて」

「はい!」

 布を持った者達が寝台に寝た男へ近づくと同時に、そばにいた女性は近くの壁へと寄り、それに背を預けて座り込んだ。
 その横を、使った布を預かり桶へと戻る途中の者が、女性へと顔を向けて足を止める。

「忌瀬様、少しお休みになられてはいかがですか」

 顔を僅かに女性、忌瀬へとよせたその者は疲れきった忌瀬の顔を見て、寄せた眉を深め、その口元も歪む。
 そんな声に忌瀬は僅かに下に向けていた顔を上げると、口を片側だけ吊り上げると、その疲れたままの顔で答えた。

「ん、だからこうして休んでる」

「いえっ、ちゃんと横になられた方が……」

 忌瀬の答えにすぐさま言葉を返すが、それに忌瀬の顔が歪んだのを見て、口から出た言葉は途中できれた。

「わたしの事はいいから、早くいきな」

 僅かに強まる眼光、それに喉の鳴る音が響き、言葉出ることなくその者は小走りに忌瀬の元を離れていった。
 離れていく者の姿を目で追うこともない、顔を上げてしまった忌瀬の目に映るのは寝台で寝ている男の姿だけ。
 そして、一度上げてしまった顔はそこから逸らす事ができず、ただひたすらに薬剤を含んだ布で身体を拭かれていく男の姿を見るだけだった。

 そして作業が終わればまた立ち上がる。
 他の者にはできないから、僅かな変化すらも見逃さないように、ただ今の状況より悪化させないこと。それすら僅かな者達にしかかできない。それが分かっているから、忌瀬は休まない、元より休む気すらない。
 だが、それを続けて気付いてしまった。

 ――自分にも、それしかできない。


 それでも、この手を止める事なんて出来るわけがないじゃないですか。



 外の喧騒を聞きながら、ただひたすらに、一言も喋ることなく動く。
 その人物の瞳は、室内としては激しすぎるほどの灯りの光を反射して、まるで瞳自体が輝いているようだった。

 休むことなく、寝台に横たわる一人の男のために手を尽くす。
 始めの内は自分たちも何かできないかと所在なく歩いていた者達も、日を越える時間が過ぎた今では、ただ献身的に動き続ける忌瀬に尊敬の念を持ちながら、ここで自分達にできる事はないと立ち去っていった。

 やれる事とは、やる事でもある。
 それは限られており、一人の男を治療するために必要な人数など、たかが知れている。部屋の広さは限られており、多ければ逆に邪魔になるだけ。


『邪魔だって言ってるのが分からないっ
 貴方達が此処にいても邪魔にしかならないんですよ!』


 男を心配するあまり、大勢の人間が小屋の中へと押入れ、そばに寄ろうとしていた時の事だった。
 その張り上げられた声に、全員を睨みつけるその眼光に、ようやく中にいた者達は自分達がしていた事に気付いたのだった。

 中に残る事が出来たのは、治療のために役立てる者が数人、それ以外は小屋の外から無事を祈るだけになっていた。何も出来ない悔しさを感じながら、何かしたいという想いを抱きながら。


 だが、その者達は知らない。
 自分達よりも近く、すぐそばにいる忌瀬が、その誰よりも、悔しさと、何かしたいという想いに潰されそうになっている事を。

 すぐそばにいるから、僅かでも何かできるから。
 だからこそ、その先が見えてしまう忌瀬には、自分の無力さに悔やむ。
 何かできるような技術を持ち「普通」なら何かできる忌瀬だからこそ、「魂」の傷に何も出来ない事を思い知る。



 一つの想いだけ、たった一つの想いだけが、忌瀬を立たせ、その手を動かさせている。それはきっと……。

「(わたし、いま何よりも思ってる。……あなたを、助けたい)」

 想いと、考えと、身体が別々に動きながら、忌瀬は願う、助かって欲しいと。考えを止めない、何か方法があるはずだと、そしてそれを自分はできるはずだと。
 じゃなきゃ、今まで生きてきたのは、何のため。

 考えは止まらない。回り続ける歯車のように、その考えは止まらず、止まらない考えは、想いと言うものを生み出し続ける。
 考える事、それは気持ちを生み出す。生み出された気持ちは理性を超えて、想いを重ねさせていく。

 だから、人が時に、理性を超えてしまうのは、無理のない事――


「忌瀬様!」

 寝台に寝た男の身体へ覆いかぶさるように忌瀬が倒れる。それに周りにいた者達が走り寄るが、それは手の届く少し前の距離で止まった。

「……っぅ、っあ……っく……ふ、ぅぅっ」

 男の胸の上で、涙を啜り、何も出来ずしがみ付いている忌瀬の姿に、外にいた者達が数人、静かに入ってくる。それに続いて外の見えていなかった者達が騒いだが、外に残った何人かが扉の前に立ちその者達を止めた。

 外から入ってきた者達の姿を見て、忌瀬の周囲で止まっていた者達が忌瀬へと駆け寄り、その肩へ手を置いた。

「忌瀬様……」

 泣き声は、いつのまにか止まっていた。
 ただ泣いた後だけを顔に残して、ゆっくりと顔をあげた忌瀬は、入ってきた者達の姿を見て、僅かに頭を下げた。
 その姿に入ってきた者の中から一人が前へ進み出た。目元につけた眼鏡が印象的な、黒い短い髪の似合う知性を感じさせる女性だった。
 だがその顔も、死人のような男の姿を間近で見て、引いていた血がさらに引いたように、青白くなる。

「……九峪、様は。どうなのだ」

 寝台に横になっている男から忌瀬の方を向いて、僅かに震えるその唇で言葉を紡ぐ。その先には生気が抜けたような顔をしている忌瀬が、声にならない声を出していた。
 僅かに動く唇、それは言葉をつくっているはずなのに、その口からは声が出てこない。

「忌瀬、どうなんだ」

「…………る」

 かろうじて聞き取れた言葉は、最後の一欠けらのみ。だが、聞こえたその声が、その場にいる者達の胸を締め付ける。

「聞こえない……どうなんだっ」

 思わず上がった声、その音量に釣られたように、聞こえないほど小さかった忌瀬の声が、確かに聞こえた。


「……でる。……もう、死んでる」


 わかって、いたことだった。
 その場にいた、全ての者が、そうだと、分かっていた事だった。それでも、認められないと、はっきりと伝えられるまで、認めたくないと分からないようにしていた。

「……うっ、うぅ」

 部屋の中にいた者の一人が堪え切れず涙を流し始める。それをきっかけに他の者の涙を滲ませ始め、それは部屋の外まで伝わっていった。
 場に広がる悲しみの波に、人はどうしようもなく、ただ、その悲しみを身に受けるだけだった。


 そして、その悲しみが、中心にいる忌瀬の思いを、また一つ深めさせていく。沈んでいった心が、また沈んでいく。

 寝台で横になっている男、九峪が眠りについたのは、すでに二月近く前の事だ。その時から、忌瀬はずっとそばに居続けた。何とかしようと、何とかできるはずだと、九峪を診続けた。
 だが、結局、訪れた終りは――死という最後。

「(何も、できなかった。
 自分なら、何かできるって、そんな、思って……結局)」

 胸の中で自分を責め続けるのは、いつだって自分自身。そして自分は責めることはしても裁いてはくれないのだ。


 白い、眠ったような九峪のその顔を見ながら、忌瀬の口元は何故か笑みを作っていた。それが眠りについた子供を見守る親の様で、その笑みに気付いた者達の誰もが、何も言う事はできなかった。

 ただ、涙を啜る音だけが部屋の中を満たしている。その時に――


「どけ、道を開けろ」

 その声は、天空から人を威圧するような、絶対的な強者の声。それに抗うことは難しく、扉の近くにいた者達はすぐさま横へ動き、道を明けた。

「あ、あなたは……ふ、……火魅子、様」

「ようやく、どうにか出来そうになったんでな。
 どうにかするからそこを退け」

 藤色の長い髪を、豪奢な装飾によってまとめ、その頭には蒼銀の冠をつけた美女。その肌は人ではありえないほど白く、その耳は先が尖った、やはり人とは違う形をしていた。
 その火魅子と呼ばれた女性は開けた道を進み、九峪の横たわる寝台の前まで歩き出す。

「ふう、なんとか間に合った、というとこか?」
「……うん、なんとか」

 横たわる九峪の様子を見た火魅子が息を吐き呟く言葉に、その背後から何かが答えた。
 それは小人とでも言えばいいのか、火魅子の背後の中空に白と青の服を着た小人が空を舞い、同じように九峪を見つめていた。

「間に合ったって……どこがですか……」

「ん?
 ああ、忌瀬、ご苦労だったな。よく持たせてくれた」

 忌瀬の言葉に答える火魅子の言葉に、忌瀬は握り締めていた拳を強く、血が零れるほど強く握り締めた。

「持たせてなんかない!
 間に合ってなんかない!
 もう、……もう、死んでる……」

 言葉の最後は、泣き崩れるように床へ膝を落としていくのと同じだった。

 火魅子という女性に、周囲は悲しみを薄ませていたが、忌瀬の言葉に視線が火魅子へと集まる。期待するように、暗い部屋の中燃える灯火の光を受けて、無数の輝きが火魅子を見つめる。

「安心しろ、わたしが、どうにかするから」

 絶対の自信と、お前はもういい、その言外の通達に、崩れ落ちていた忌瀬の肩が震え、揺れていた足がしっかりと床に落ちた。


「信じられなくてもいい。
 それが忌瀬の生業としてきた道での、常道だから……仕方がないよ。
 だから、信じなくていいから、信じないでいいんだ。だって、ボクの、火魅子の生業は――奇跡を起こす事だから――」


 崩れ落ちた忌瀬へ掛けられた、小さな者からの言葉。それに、どうしようもなく涙が零れた。止める事も出来ず、流れるままに流れ続ける涙は、いつまでも小人の言葉を忌瀬の頭に響かせた。





 目の前で奇跡が起きている
 死んでいたはずの人間が 生気を取り戻している

 それは なんて奇跡だろう
 なんて 神の御業だろう

 人には遠すぎる 世界の違う何かであることだろう


 でも


 ここが人の世である事を忘れてはいけない
 ここは人が住まう世界である事を 忘れてはいけない

 どんなに奇跡を起こせるものがいようとも
 ここに生きているのはわたし達なんだって事を

 それを忘れたら 奇跡なしでは生きていけなくなるから


 だから わすれない
 この悔しさを この悲しさを

 いつか 其処へ行ってみせる
 人のままで
 人として 其処へ……







 そんな 格好つけたこと言っても
 結局は悔しかった だけ
 あの人を 自分で助けられなかった事が
 結局助けたのが 奇跡なんてものな事が

 自分をばらばらにしたいくらいに 悔しいだけ



 でも 何かを理由に動いていなきゃ 死にたくなる――








 この翌日、九峪は快復し、数日後に目を覚ます事になる。



 九峪と忌瀬、この二人が出会うのはこの時より二月先の事になる。
 その二月の間、忌瀬は、九峪の事を忘れるように、ただ見せつけられた奇跡へ追いつくために走り続けた。




 これはほんの余話。
 あってもなくてもいい、ただ見たいが人の為に見る事の出来る物語。





 第92節 余話 忌瀬  END




 あとがき

 ここまで読んで下さった方々に感謝を。
 征西都督府での戦いが終わってから、そして新生耶麻台国で九峪が目覚めるまで、かなりの間があいた部分でした。今回は、その間の一部分、ということになります。
 空白間の中でも最後の方になります今回の作品、主題は忌瀬。最後の戦いの中でも、もっとも出番の少なかった人物。それでも物語の中では重要な人物でした。
 この作品を読んで、少しでも良かったと思って下さるなら、本当に嬉しいです。
 それでは、また次の作品で……。




 そして、最後になりますが、この作品はweb拍手にて書くきっかけを頂き、それにより出来上がった作品でした。

 ですから、この作品を書くきっかけを下さった貴方に、何より感謝を。
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無題
ども、初めましてです。
DozeOwlと申します。

当初はWeb拍手だけでコメントするつもりでしたが、
さすがにリクエストに答えていただいたならば直接答えねば!
などと思い、コメントさせて頂きます。

第100節に出てくる忌瀬があまりに健気だった
 プラス
「結局、九峪を治したのは火魅子だった」って忌瀬台詞に
ものすごく物語性を感じたが故のリクエストでしたが、

期待通りでした!

この後に続く、忌瀬の行動理由がはっきりと伝わってくるようでした。

リクエストなどして急かしてしまったような気もしますが、今後も
体には気をつけて、無理のないのペースで作品を作り続けてください。
それでは!!
DozeOwl 2007/04/21(Sat)00:53:20 Edit
素晴らしいっ!
忌瀬!
…もう大好きですね♪
ウサギ達も好きなんですが…忌瀬が一番になりました。
これからもお身体を大切に頑張ってください♪
……拍手じゃないでコメントにしましたがこちらで良かったでしょうか?
火燈 2007/04/21(Sat)18:26:25 Edit
コメントお返事→DozeOwlさん
どうも始めまして。
この度は本当にありがとうございました。
web拍手だけでも嬉しかったのですが、こちらにコメントまで頂いて、ありがたいです。

リクエストはやる気の元になりますし、怠けている気持ちにも活が入ります。こちらとしては本当にありがたいです。
やっぱり締め切りはある程度ないと駄目みたいですね(笑

今後も皆様の声と共に、自分のやれる分やっていこうと思いますので、DozeOwlさんも、よろしければ今後もお願いします。

どうもありがとうございました。
Eite URL 2007/04/21(Sat)18:40:30 Edit
コメントお返事→火燈さん
どうも火燈さん、また来てくださって嬉しいです。
今回は忌瀬のお話でした。なんだか家の贔屓の一人になってる気がしますが(笑
読んでもらって好きになってもらって、書いた方としては凄く嬉しいです。兎も人気高いですが、忌瀬も結構人気あるんですよね。

コメントの方はどちらでも構いません。
ご自分の名前を出しても構わないという方はBBSやこちらに書いてもらえると嬉しいです。

火燈さんコメントありがとうございます。
Eite URL 2007/04/21(Sat)18:45:17 Edit
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